東京高等裁判所 平成7年(行コ)70号 判決 1995年12月18日
千葉県市原市迎田二八八番地
控訴人
佐久間要一
右訴訟代理人弁護士
石塚英一
同
山田次郎
千葉県中央区蘇我町一丁目五六六番地の一
被控訴人
千葉南税務署長 知久勝尚
右指定代理人
矢澤敬幸
同
渡辺進
同
小笠原英之
同
柏倉幸夫
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成二年五月二九日付けでした被相続人佐久間周次に係る相続税の更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決を求める。
二 被控訴人
主文と同旨の判決を求める。
第二当事者の主張
当事者の主張は、原判決一四丁裏六行目の「合理的である。」を「合理的であって、迎田本体の地域に属する前記各農地及び山林については、控訴人のした再度の更正の請求のとおり、少なくとも不入斗に属する純農地及び純山林についての評価倍率と同率のそれによるべきものとするのが相当である。」に改めるほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
第三証拠関係
原審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 控訴人の本件相続に係る相続税の申告及び更正の請求に対する更正等の内容及び経緯、控訴人が本件相続によって取得した課税財産、債務控除の範囲、課税財産の価額、関係法令の規定に従った課税価格並びに控訴人の納付すべき税額は、課税財産のうちいずれも迎田本体の地域に所在する農地及び山林である原判決添付の別表二の一ないし三の順号4ないし38、48ないし69の各土地(以下「本件係争土地」という。)の価額及びこれに係る計算過程を除いては、当事者間に争いがなく、したがって、本件通知処分の適否は、結局、本件係争土地の価額の評価如何に係ることになる。
二 ところで、相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該の財産の取得のときにおける時価による旨を定めており、右にいう時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、当該財産の客観的な交換価値をいうものと解するのが相当である。しかしながら、右のような意味での客観的な交換価値は、必ずしも一義的に把握し得るものではなく、相続の発生の都度これを個別的に評価する外ないものとすれば、評価方法の違いや取引実例の欠如等によって、事案毎に異なる評価額が生じる結果となって、租税負担の公平を害するおそれがあり、かつ、大量の課税事務を処理すべき課税庁に過大な負担と費用を強いることになるから、課税庁が準拠すべき一般的で簡便な評価方法を定め、これによって課税実務を運用することは、当該評価方法の合理性が認められる限り、当然に適法である。国税庁長官が定める評価通達及びこれに基づき各国税局長が定める評価基準は、右の趣旨の評価方法を定めたものというべきである。もとより、このような評価通達や評価基準は、法規としての性格を有するものではないから、納税者は、これによらず、適正な時価を主張することができることはいうまでもないけれども、そのような主張がない場合は、右評価通達及び評価基準の合理性が認められる限り、右評価通達及び評価基準によって評価した価額に基づき課税処分を行うことができるものというべきである。
三 そこで、本件について評価通達等の合理性について見てみると、先ず、評価通達によれば、農地については、純農地、中間農地、市街地周辺農地及び市街地農地の分類に応じて評価方法が定められ、本件係争土地のうちの農地の属する純農地にあっては、当該農地の固定資産税評価額(土地課税台帳又は土地補充課税台帳に登録されている基準年度の価格又は比準価格)に毎年各国税局長が地勢、土性、水利等の状況の類似する地域毎に売買実例価額、精通者意見価格等を基として定めた評価倍率を乗じて計算した金額によって評価するものとされ(評価通達三三項ないし四三項)、山林については、純山林、中間山林及び市街地山林の分類に応じて評価方法が定められ、本件係争土地のうちの山林の属する純山林にあっては、当該山林の固定資産税評価額に毎年各国税局長が地勢、土層、林産物の搬出の便等の状況の類似する地域毎に売買実例価額、精通者意見価格等を基として定めた評価倍率を乗じて計算した金額によって評価するものとされており(評価通達四四項ないし五五項)、その合理性については、控訴人も争わない。
次に、乙第二号証によれば、東京国税局長が評価通達に基づいて定めた昭和六三年度分評価基準においては、市原市所在の農地及び山林については、評価通達にいわゆる「状況の類似する地域」として大字の地域が用いられ、大字毎に評価倍率が定められている(控訴人が本件相続によって取得した各土地の属する大字毎に定められた評価倍率は、原判決添付の別表二の「<5>被告主張の倍率」の各欄に記載のとおりである。)ことを認めることができ、また評価通達に従って右各土地の固定資産税評価額(それ自体は当事者間に争いがない。)に右評価倍率を乗じて計算した各土地の評価額は、同表「被告主張額」の各欄に記載のとおりであることを認めることができる。
四 これに対して、控訴人は、迎田飛地の地域は、迎田本体の地域とは地理的条件を異にし、飛地というには余りにも面積が大きく、別個の大字を構成するといってもよい実質を有している上、姉崎の市街地に近いために、売買実例も多く、かつ、売買実例価額も高額になり勝ちであるとし、それにもかかわらず、東京国税局長が評価通達に基づいて定めた昭和六三年度分評価基準においては、大字が同一であるという一事から、迎田の全体の地域を評価通達にいわゆる「状況の類似する地域」として一律の評価倍率を定めているために、その評価倍率が相対的に高率となり、土地の売買価額に影響を及ぼす地理的条件や道路状況においては不入斗や片又木の地域の方が迎田本体の地域より有利であるにもかかわらず、評価倍率においては迎田の地域の方が不入斗や片又木の地域より高率になっているのは不合理であると主張する。
確かに、評価通達及び評価基準の定める前記のような評価方式にあっては、評価倍率の定めが合理的であると同時に土地の状況が類似する地域の定め方が合理性を有していることが必要であるということは、いうまでもない。東京国税局長が定めた前記評価基準において、大字を単位として評価倍率を定めることとしているのも、結局、大字は、行政区域内の一定のまとまった区域であり、通常は道路、河川、尾根、湖沼等で区画されていることが多く、土地の地目毎の利用形態、地勢、土性、水利、農林産物の搬出の便等の状況も似通っていることが多く、したがって、土地の価額も類似していると考えられ、また、納税者にとっも風土、慣習、行政上の地域区分等から評価上の単位としてなじみ易いことによるものであると解されるのであって、基本的に合理性を有するものと解される。そして、控訴人の主張するように、ひとつの大字を地理的条件等の違いに応じて更に細分化して、それぞれに別個の評価倍率を定めるものとすると、被控訴人のいわゆる飛地に当たるような区域の例にあっては格別、全国的にも通用し得る細分化の一般的な基準をどこに求めるかの決定に著しい困難が伴い、また、かえって売買実例の希薄化を招来するなどして評価の不安定を来す恐れさえあるのであって、必ずしも合理的であるとは解されない上、評価通達及び評価基準が、前述のとおり、課税事務の公平と効率のために存することよりすれば、ある程度の一般性を有することは避けられず、その適用結果の不合理は、個別の適正時価の主張を許すことによって是正されるものであるから、大字を単位とすることを不合理であるとはいえない。
また、甲第一六号証ないし第一八号証、第二〇号証の一ないし二六及び第三一号証、乙第五号証及び第六号証の各一、二、第一三号証の一ないし四、第一四号証ないし第二〇一号証、第二〇二号証の一九並びに原審における控訴人本人尋問の結果によれば、迎田本体、迎田飛地、不入斗及び片又木の各地区の位置関係、道路状況、周辺市街地や最寄りの駅との距離関係等の地理的条件は、原判決添付の別紙図面二表示のとおりであることが認められ、迎田飛地の地域は、迎田本体の地域に近接してはいるものの離れて存在し、一定の面積を有する一団の地域であること、最寄りの駅である内房線姉ケ崎駅に近く、その中央を幹線道路が通り、周辺には住宅地も多いことなど迎田本体の地域とは地理的条件において異なる面があることは確かであるけれども、対象土地が純農地及び純山林であることよりすれば、右のような地理的条件の相違だけをもっては直ちに迎田の全体の地域を純農地及び純山林につき評価通達にいわゆる「状況の類似する地域」として一律の評価倍率を定めることが合理性に欠けることになるということはできない。
そして、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和六一年から平成二年までの間の迎田及び不入斗の地域における売買実例価額は、原判決添付の別表三記載のとおりであり、本件相続時に時点修正した平均価額は、迎田本体の地域が一万六〇〇〇円、迎田飛地の地域が二万五一〇〇円、迎田全体の地域が二万三二〇〇円、不入斗の地域が一万〇九〇〇円となり、迎田本体の地域と不入斗の地域とを比較すると、迎田本体の地域の平均価額の方が高いことを認めることができるのであって、必ずしも東京国税局長の定めた評価倍率との間に控訴人の主張するほどの不均衡がある訳のものではなく、また、これらの売買実例地についての評価水準(売買実例価額に対する東京国税局長の定めた評価倍率に従って計算した相続税評価額の割合)は、同表<7>欄記載のとおりとなるのであって、概ね七パーセントから一七パーセントの間に分布し、ある程度のばらつきがみられるものの、対象土地が迎田本体、迎田飛地又は不入斗のいずれの地域に属するかということによっては有意的な違いを見出すことはできず、かえって不入斗の地域に属する土地についての評価水準が一律にやや高いことが判明するのであって、右のようなばらつきは、迎田本体、迎田飛地又は不入斗についての評価倍率の定め方に由来するものというよりは、それぞれ立地条件等を異にし価格差のあるひとつの大字の属する多数の土地について一律の評価倍率を用いて時価を算定するという評価方式に必然的に伴うやむを得ない結果であるということができ、そのことも考慮して相続税評価額が売買実例価額を大幅に下回るような評価倍率が定められているものというべく、しかも、これらの売買実例からみる限りは、相続税評価額の差異はほぼ売買実例価額の差異を反映していることになるのであって、相続税評価額ひいては東京国税局長の定めた評価倍率も、合理性を失わないものということができる。
以上に検討したところによれば、本件係争土地に係る評価通達及び評価基準の定めは、合理性を有するものと解することができるから、これらに基づく評価方法ないし評価額に基づく課税処分をもって、控訴人の主張するように憲法一四条一項、相続税法二二条に違反するものとすることはできない。
五 したがって、本件係争土地についての相続税評価額は、控訴人からその適正時価についての特段の主張がないから、評価通達及び昭和六三年度の評価基準に従って計算した前記の額によるべきものとするのが相当であって、これを前提とすると、被控訴人の主張のとおり、控訴人が納付すべき税額は九一八七万一〇〇〇円となるところ、本件通知処分の基となった平成元年一月二四日付け更正処分に係る控訴人の納付すべき税額は九〇三七万九〇〇〇円であって、右の金額の範囲内であるから、控訴人のした再度の更正の請求は、更正すべき理由がないものであることが明らかであり、本件通知処分は適法であるということができる。
六 そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条及び八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 村上敬一 裁判官 中村直文)